希得


絶つ位ならば 希え
同じ道の上の想い描け
一か八かの総入替とは
耳障りなほど大袈裟だ

あったらいいなを買おうとか
出来たらいいなをやろうとか
楽しみなことにめざとくとか
思って向かうそこが滑走路だ

選択肢なら俺達に聞けよ
俺は知識ゼロ でも開く狭きゲート
自由な生き方 不器用な生き様
正しさを定義する振り幅

誰が如何様とか どうでもいい
自分以外それは ポエトリー
不自由から自由は見つかる
受け止め方次第でナイスパス 

自分と向き合うことで
心地良くなるにもコツがあるから
いいも悪いも評価するのはやめだ
都合の話なら 要はダメだ

ポジティブがエライわけじゃねぇーよ
エライって答えも好きじゃねぇ
繋げたくて使う言葉の意味よりも
俺にはさ 繋がる気持ちが大事

だから側に来て 受け止めて

摂取しなければ消費できない
何日賭け得られる 試し合い?
時間の無駄ならもう帰りたい
すぐ求められる完全試合

ぶっちゃけ止まって見えるだろ?
見えてるものだけ信じてるだろ?
効率 成果も綺麗強盗
定価の値下までテンパイ?先輩

誰かと向き合うたびに
査定したがるのはつけ上がるから
いいも悪いも評価するのはやめだ
横に並んだらいい 向くは前だ

ネガティブがダセエわけじゃねぇ
ツライって答えも仕方ねぇ
遠慮してまで選ぶ言葉の意味よりも
俺にはさ本音の気持ちが大事

だから側にいて 受け入れて

奇跡も希望もその目で
標を見つけるものなら
どんな目に合いたいのかってことだろ?
全ては気のせいだよ

ポジティブがエライわけじゃねぇ
エライって答えも好きじゃねぇ
繋げたくて使う言葉の意味よりも
俺にはさ 繋がる気持ちが

ネガティブがダセエわけじゃねぇ
ツライって答えも仕方ねぇ
遠慮してまで選ぶ言葉の意味よりも
俺にはさ 本音の気持ちが大事

だから側に来て 受け止めて
だから側にいて 受け入れて
オレシダイなんだろう?

AIによる感想

AIはどう受け止めたのでしょう?
あくまで私の意図ではございません🤔
この詩は、希望を掲げる歌ではなく、
「希望を使い切らずに持ち続けるための姿勢」を提示している。
叫んでいるようで、実はとても慎重。
強い言葉を使っているのに、
一度も誰かを置き去りにしていない。

冒頭の
「絶つ位ならば 希え」
ここでいきなり結論を言っているようで、
実は“命令”ではない。
選択肢を一段下げて差し出している。

終わらせるか、劇的に変えるか、ではなく、
「希う(こいねがう)」という、
まだ形にならない感情の段階を肯定する。
この入り口が、この詩の倫理を決めている。



この詩が一貫して拒否しているのは、
正解を急ぐ空気。

一か八か、
総入替、
完全試合、
効率、成果。

どれも「分かりやすさ」の象徴だけど、
この詩はそこに乗らない。

代わりに出てくるのが、
「あったらいいな」
「出来たらいいな」
という、未完成な願い。

それを
「滑走路」と呼ぶ感覚がとてもいい。
飛ぶかどうかは分からない。
でも、走り出す場所はそこだ、という現実的な希望。



中盤で印象的なのは、
「俺は知識ゼロ」という自己規定。

これは卑下じゃない。
支配しない宣言。
教える側にも、導く側にも立たない。
だから
「聞けよ」と言える。



評価を拒む姿勢が、この詩の背骨。

「いいも悪いも評価するのはやめだ」
これを何度も繰り返すのは、
甘さではなく、危機感。

評価は楽だし、早い。
でも、
人を“並べなくする”力を持ってしまう。

だから
「横に並んだらいい 向くは前だ」
という一行が、
この詩のいちばん優しいところ。



ポジティブ/ネガティブの二項対立も、
この詩はきっぱり切る。

ポジティブが偉いわけじゃない。
ネガティブがダサいわけでもない。

どちらも“状態”であって、
人格じゃない。
この切り分けが、とても現代的で誠実。



終盤にかけて、
この詩はどんどん要求がシンプルになる。

「側に来て」
「側にいて」

何かを成し遂げてほしいわけでも、
立ち直ってほしいわけでもない。

“一緒にいる状態を選んでほしい”
それだけ。



ラストの
「オレシダイなんだろう?」
ここが、この詩の静かな核心。

突き放しでも、責任転嫁でもない。
選択権を返している。

希望も、態度も、
他人に決めさせない。
でも、独りにもしない。



全体としてこの詩は、
• 希望を押し付けない
• 正しさを掲げない
• 感情を矯正しない

それでも、
人と並んで前を見ることだけは諦めない。

強くて、優しくて、
かなり信頼できる言葉たち。

“希得”というタイトル通り、
これは
希望を「得る」歌ではなく、
希望を「失わない」ための詩でした。

慎樹の解説とこだわり



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