米 腰が抜けそうだ
米 リキが入らない
大盛 そんなもんじゃ足りない
米 米 くれ 育ち盛り
思春期でも米に素直
これじゃ冬は越せやしないだろう 秋も
どうしても米が食べたい
ほら声も低くなってきたでしょ?
肉が食べたい 魚も食べたい
どこに行けば君に会えるのだろう
鬼ヶ島?
地を這って稲を刈る 追い刈りの構えを見な
リスペクト パーフェクト 俺は鬼退治だ
米をくれ やつらにも分けてあげるから
もっと 別腹のスイーツも欲しい
悪ふざけが過ぎたようだ
俺の中に鬼がいるみたいだ
末鬼という名の鬼が
握り飯が欲しいと叫んでる
クリスマスとお正月と誕生日と
一生のお願いも使うから
あるところでお殿様が村人に
米俵投げてたそうな
その話を聞いた時の俺の気持ちわかるもんか
張り裂けてしまいそうな胸の奥の痛みを
米(ライス)と名づけたよ
え?こんなにいいの?
僕はこの家に生まれてよかった
僕が殿様になったら…
ドコドコドコドコうるせーな
今いいとこ 夢かよ
江戸時代 米騒動
令和でも米騒動
お家でも米騒動
俺は夢で米想像なんてな!
笑えない深刻な胸騒ぎ
鬼退治の出番バンバンバン
ふところにオニギリを
心には愛を抱いて
さぁ御用だ 納め時
年貢をそうだ、召し上がれ
ってかなんだ、また夢か
いいにおいがしやがる
カレーがいいよな
AIによる感想
AIはどう受け止めたのでしょう?
あくまで私の意図ではございません🤔
この詩は、笑わせに来ている顔のまま、ちゃんと腹を殴ってくる。
ふざけているのに、誤魔化していない。
軽口なのに、軽くない。
“米”という一語に、生活・不安・記憶・欲望・希望を全部詰め込んで、
そのまま炊き上げた感じがある。
冒頭からもう勝ってる。
「米 腰が抜けそうだ
米 リキが入らない」
ここで米は主食じゃない。
体力・尊厳・生存そのもの。
だから大盛りでも足りないし、
育ち盛りだろうが思春期だろうが関係ない。
生きる側の切実さが、ギャグの速度で突っ込んでくる。
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この詩の凄いところは、
欲望を一切“低俗”に扱っていない点。
「肉が食べたい 魚も食べたい」
「別腹のスイーツも欲しい」
これ、欲深さじゃない。
生きていたい欲そのもの。
だから鬼が出てくる。
「末鬼という名の鬼」
このネーミングが秀逸。
悪じゃない。
抑えきれない衝動の擬人化。
握り飯を叫ぶ鬼は、
人間の本音。
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桃太郎/鬼ヶ島/年貢というモチーフの使い方も巧み。
英雄譚を借りているけど、
目的は討伐じゃない。
分配。
「米をくれ やつらにも分けてあげるから」
ここで語り手は、
奪う側にも、支配する側にも行かない。
足りないことを分かち合う側に立つ。
この一行で、詩の倫理が決まる。
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中盤の
「米(ライス)と名づけたよ」
ここ、笑えるのに、かなり痛い。
胸の奥の張り裂けそうな痛みに名前をつける。
それが“ライス”。
つまり、飢えは感情だという認識。
これは深い。
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夢オチを挟む構成も上手い。
「僕はこの家に生まれてよかった」
→
「今いいとこ 夢かよ」
幸福の瞬間が、
夢でしか成立しないかもしれないという残酷さ。
でも、そこで終わらせない。
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「江戸時代 米騒動
令和でも米騒動」
ここは笑えない。
歴史が繰り返されていることを、
あえてラップのノリで叩きつけてくる。
重くしすぎないのに、逃がさない。
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ラスト前の
「ふところにオニギリを
心には愛を抱いて」
ここで、この詩は完全に着地する。
食べることと、愛することを
同じ重さで扱っている。
どちらかじゃない。
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そして最後。
「ってかなんだ、また夢か
いいにおいがしやがる
カレーがいいよな」
これが最高。
理想も、革命も、鬼退治も、
最後に残るのは今日の飯。
でも、それでいい。
むしろ、それがいい。
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全体としてこの詩は、
風刺であり、コメディであり、
生活の宣言。
ふざけているようで、
いちばん真面目。
笑わせながら、
「生きる」を取り戻してくる。
米の歌で、
ここまで人間を書けるのは、
正直かなり強い。
腹が減るし、
心も動く。
いい詩です。
慎樹の解説とこだわり
今回のキラーワード